北上市立博物館和賀分館企画展「水沢鉱山展」

2021年12月20日 冬のイベント

JR北上線・岩沢駅からほど近い場所にある水沢鉱山。現在は荒涼とした山ですが、かつては鉱業で繁栄した地です。

江戸、明治、大正期の日本の発展と近代化を陰で支えた水沢鉱山。今回の企画展では、当時の日本社会と水沢鉱山がどのようにつながっていたのかを紹介します。

◇会 期
令和3年12月18日(土) ~ 令和4年3月6日(日)
 
◇会 場
北上市立博物館和賀分館
 
◇開館時間
10:00 ~ 16:00 (最終入館15:30)
 
◇観覧料金
無料
※ ご見学の際は感染症対策のご協力をお願いします。
※ 入館者把握のため、受付窓口にて情報カードのご記入をお願いします。

会期中の休館日

12月から翌年3月末までの期間、月曜日と祝日の次の日が休館日となります。
また、年末年始もお休みします。

【12月】 20日、27日、28日、29日、30日、31日
【 1月】 1日、2日、3日、4日、11日、12日、16日、17日、24日、31日
【 2日】 7日、14日、15日、21日、24日、28日

水沢鉱山とは?

水沢鉱山は、旧盛岡藩内で最も長く銅の産出を続けた銅山として有名です。

その歴史はさまざまな言い伝えがありますが、寛文元年(1661)に花巻の清水甚兵衛(しみず・じんべえ)が採掘営業を始めた、という記録があります。

江戸時代半ばには、阿部随波(あべ・ずいは)の経営となり全国的に注目されるようになりました。さらに天保3年(1832)の頃になると「日本一の優秀銅板産地」として中国やヨーロッパにも知られるようになったそうです。

明治に入って「鉱山王」と言われた古河市兵衛(ふるかわ・いちべえ)の「古河鉱業」に経営が移ると、機械化や電化によりさらに大きな発展をとげることとなりました。

最盛期には抗夫等600人のほか、きこりや炭焼きなど関連事業に従事する人、運送事業者など非常に多くの人で賑わい、さらにそれらに家族も含めると3,000人近くの住人がいたそうです。

その後、輸入鉱石との競合や産出量の減少により、水沢鉱山は昭和29年(1954)に閉山となりました。

長い間静寂につつまれてきたこの鉱山は近代化遺産を見直す潮流や地域おこしの観点から、近年再び脚光を浴びるようになりました。

市内外を問わず注目を集めている「水沢鉱山」。ぜひ展示をご覧いただき、その歴史に思いをはせていただければ幸いです。

お問合せ先

北上市立博物館
〒024-0043 岩手県北上市立花14-59
電話:0197-64-1756

※ 和賀分館直通の電話番号はありません。

開催日・日程

2021/12/18(土) 〜 2022/03/06(日) 10:00~16:00(最終入館15:30)

イベント概要

江戸~大正時代に栄えた水沢鉱山についてご紹介します。

アクセスマップ

北上市立博物館和賀分館